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OG on 2010.09.03, under
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03:
ミシマ社のウェブマガジン、ミシマガジンで記事を担当。今回はまるでアリエッティが出てきそうな感じの古本屋さん、学芸大の流浪堂さんを取材してきました。
東横線沿い、まちの名前に大学の名を冠する街、学芸大学。当の学芸大学自体は、小金井に移転しており、今はその駅名だけが残っている。それでも下町の風情漂う住みよい町としてみなに愛され続けている。
駅を出ると八百屋さんが「いらっしゃーい! いらっしゃーい!」と威勢よく野菜を売っている。その八百屋の2階はスナックで、デビッドボウイのようなメイクをしたママが昼過ぎに起きてきたり。
そんな町の駅から徒歩すぐに、流浪堂という古本屋がある。前を通りかかると、まるで映画の世界に出てきそうな本のぎゅうぎゅう感に、本好きでなくても足を止めてしまう。モノとしての本のよさを大切にするこのお店を営む二見さんを、今回は訪ねてみました。 続きを読む
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OG on 2010.09.03, under
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03:

映画『借りぐらしのアリエッティ』より(C)2010 GNDHDDTW
※ネタバレではありませんが、シーンの一部に深く言及する箇所がございます。
先日、ようやく仕事の合間にアリエッティを観に行ってきた。そもそも、映画館に行くのも久しぶりで、昔映画の仕事してたときは毎日行ってたのになーと何やら感慨深かった。
ウーロン茶だけ買って、席につく。昔誰かに「映画館は、基本的にスクリーンから向かって左側に席をとったほうがいい。映写機とかの都合でそこから一番正確で定位の撮れた画質が得られる」という、科学的根拠にとぼしい感じのことを言われてから、館の左に席をとるようにしている。
上映開始、で数本、本当に、本当にくだらない日本映画の予告があって疲れた。その反面、トム・クルーズはただのアクション俳優には終わらない活躍を依然続けていて、オモシロイなと思った。そんな落差のある予告編だったからかな、アリエッティが始まって、最初のシーンですでに感動。
『借りぐらしのアリエッティ』は、心臓病の少年が療養のために訪れたおばあちゃの家で出会う、不思議なこびととの出来事を描いたものだ。
アリエッティは、人間から電気や水、食料などを少しずつ借りてきて、縁の下で暮らす「仮ぐらし」をするこびとたち。少年は、彼女らとの出会いを通し、死に近づきつつあった自分の心を回復してゆく。
少年はおばあちゃんの車に乗って、郊外の山の上にひっそりと佇む屋敷へと連れられる。このシーンが本当に心がザワザワする。『トトロ』の、さつきとメイとお父さんが初めてあの家に着いたときにくぐる、木々のトンネルの感じにとてもよく似ていた。
ビジュアル的には似て非なるもの。でも、トトロを初めて見たときのザワザワ感はそこにあった。
やっぱり、ジブリは、ジブリでしか行けない世界に行ってしまう天才なのだ。
その他にも、途中でこびとの一人が、弓の打ち方をアリエッティに示すシーンがあるのだが、弓をギリギリと引いているだけでカットが終わるにもかかわらず、その弓を引いている仕草だけで、そのこびとが普段どういう暮らしをしているのか、どうやって獲物を仕留めるのか、性格、気性、野生、そんな、さまざまな文脈を想起させる。この表現力には本当に脱帽した。こんなアニメーションを作れるのは、世界を見ても、ジブリだけだろうと思った。
そして世界観。子供の頃、ドールハウスに入って遊びたかった気持ちをくすぐる仕掛けがいたるところにされている。人間の小物を活用した彼らの調度品や、人間の世界を小さな視点で描いてみせるなど、ワクワクさせられる。ここでも、普通、こびとの世界を彼らを基準にして映せば、そこが小さい世界であることを忘れてしまいがちになるが、ジブリは彼らの小さな世界の実感を常に見る側に与えながら描いてゆく。
そのひとつが、劇中に出てくる飲み物の数々だ。
ハーブティーや水、さらにはハチミツも。そらはすべて、表面張力の大きい水滴として描かれる。なぜだろう。少し難しい物理の話だが、液体は、表面をできるだけ小さくしようとする性質がある。分子間力という、液体の分子間に作用するバネのような力により、分子がお互いを引き合って凝縮しようとするのだ。その結果、液体は表面積ができるだけ少ない球形になろうとする。水滴やシャボン玉が丸くなるのも、この原理によるものだ。
劇中では、コップに入れられるハーブティーも、粘り気の強い水滴として描かれるのだ。少量の水は限りなく球体に近い水滴になる、これは、いわゆる生活者がスケールダウンしたときのリアルさである。が、これがとても独特な質感を与えている。
なんだか美味しそうなのである笑。食べ物を描かせるのには定評のあるジブリだが、これは本当に素敵だった。トプントプンと入れられるハーブティー、水滴のようなハチミツが載ったトースト…どれもアリエッティの世界にしか登場しない、素敵な飲み物・食べ物になった。
こんなことを考えて世界観をつくるのか、と感激しながら見入っていた。
ストーリーも素敵だった。
触れてはいけないものに触れる人間の好奇心、それが、どんな素敵なことと、少しの辛いことと出くわすことになるか、そんな教訓を教えてくれるかのようだった。そこにはやはり、深く人間というものの存在が描かれていた。
ネット上で、つまらない批判もたくさん見たが、それらは総じて、取るに足らない細部の不満を書き連ねたものでしかなかった。ジブリにもいろんな多様性があっていいと思うし、DNAとしては、とても巧みに受け継がれている。そんなことも感じた。
ジブリはいつまでも、今新しく世界を見はじめている子供たちにとって、ジブリらしくあり続けて欲しいと僕は常に思っている。ネットとかでくだらないケチを書き込んでいるような俗物に合わせるようなことはしないでほしい、もちろんそんなこと宮崎さんは思ってもいないだろうが。
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OG on 2010.08.24, under
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24:

「お、見えたな」父が時計を見ながらつぶやいた。
住宅街の屋根の上にのしかかるようにしてそびえる入道雲に、くっきりと夕日が線を刻む。
その巨大建造物のような入道雲は、5年ぶりに里帰りした僕らの前に、少年時代に見た、あの夏の線を再現してみせたのだ。
「相変わらず、でかいな。しかも時間どおりだ」
僕たちの家があった山梨の片田舎の上空を見上げていた。ヒグラシの鳴き声を聴きながら。
みたいな話をいずれ書こうと思うが。