posted by
OG on 2010.07.30, under
写真,
日記
30:

オウジです。今日は晴れたね。
仕事もこれといって滞りなく、健康状態もちょっと無茶ができるぐらい良好、これといって金銭的な不自由もなく、恋人も友達も会おうと思えばすぐに会えるし、むしろちょっとしたパーティにも呼んでもらえたりもする、とても幸せなはずなのに、でも何かまるで見えないもうひとつの胃袋が空腹でありつづけるような感覚、
それをひとは虚しさと呼んで片付けている。
そしてこういう状態に陥ったとき、僕が思うのは常に過去の人々の思考だったりする。木々に囲まれ、狩りをして腹を満たし、火以外の灯りが無かった頃、その頃の人々は虚しさを感じることはあったのだろうか?
そうして考えを巡らせてゆくと、虚しさについて、もっとも壮大な考えをめぐらせたのは仏陀に違いないと僕は思っている。彼の言行録が『ブッダの真理のことば・感興のことば (ワイド版 岩波文庫)』という書物になっていて、けっこうトイレでよく読む。
そして彼は、稀代の暇人だった。
この書物には彼の壮大な思考の営みが記されている。
それらは彼が暇をどう愛するかについて巡らせた思考が満ちている。
暇という無から、思考の産物である「ことば」の有を生み出す、
彼は思考の錬金術を地で行った唯一の人間なのだ。
彼ほど暇を愛する努力を生涯惜しまなかったひとはいなかったのではないかと思う。暇を愛するには努力が必要なのだ。なぜなら、暇を埋めるため、虚しさを埋めるために僕らは働き、人を愛し、何かを欲するからだ。
暇とは何もしないこと。何もしないためにはそもそも欲を捨てる必要がある。
性欲、食欲、睡眠欲、たまに想像欲なんかも。
それらをすべて捨てること。その絶え間ない努力が暇を愛することに繋がるのだ。
まさに「欲を捨てれば、満たされていると気づく」(仏陀)である。
どうやって捨てるか。とにかく考えて考えて考え続けるのである。考え続けているうちは、頭が飽和状態となり、欲を思う感覚が消滅に向かう。そのプロセスを「悟り」と言う。
「人に教えるように、自分も行え」(仏陀)
そうして生み出された言葉の数々は、隙がない。
付け入る隙がないものというのを「完成度が高い」という。それゆえ、彼のように暇を愛そうと多くの人が「悟ろう」とした。
彼の書では、そうした暇を愛するためのたゆまぬ努力が全編にわたって展開されている。つまり、本当に暇人になりたい暇人にはもってこいの書なのである。
「孤独に歩め、
悪を成さず、
求めるところは少なく。
林の中の象のように。」(仏陀)
虚しきこころの空白に、すっと染みこんでゆくような言葉だ。
都会の喧騒の中で感じる何かの虚しさが、
彼の暇を愛する営みの中で生まれた言葉がなぜか癒してくれる。
とても不思議で、素敵なこと。
欲を持って何かを成し得たとき、人は満ちる。
欲を捨てて何もしないとき、彼は満ちた。
とても不思議で、素敵なこと。
「他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。」(仏陀)
I love you, budda.
posted by
OG on 2010.07.23, under
写真,
日記
23:

オウジでっす。
幼い頃、シーブリーズとサイダーが同じ材料からできていると思っていた。世の中にはこういうスーっとするものを作る人達がいるんだろうと思っていた。パッケージのカラーパターンも似ているような気がしていたし。
というのも、僕の父がその両方が好きで、お風呂から上がるとシーブリーズを塗って扇風機にあたり、サイダーをグイとやって納涼していたためである。よく考えれば、その頃のオヤジにしては健康的というか、子供のような納涼である。ビールをやりながらタバコ、といったタイプではなかったな。
僕も父の真似をしていたことがよくあった。そしてシーブリーズを塗って扇風機にあたると気持ちいいのである。もちろん扇風機に向かって「お゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」ってのをやっていた。
サイダーは不思議な夏の香り。
その香りは、その後の僕の世界観に大きな影響を与えていると思う。
何か近未来的なものや、エッジのきいたデザインを見ると、僕はサイダーの匂いを思い出す。視覚と嗅覚が混じっている感じなので、人間の表現として正しいのかどうか分からないが、そんな気がする。
夏の青い空と、巨大建造物のような入道雲、正午の太陽に照らされたハイコントラストな風景、揺れる木々の緑、セミのループサウンド、扇風機のマジカルボイス、サイダーの泡の弾ける音と不思議な香り、ここから生まれていったイマジネーションが、今の僕の世界を作っているのかもしれない。誰しもそういう、自分が戻りたくなる風景というのを持っているのかもしれないな。
それはすごく素朴で、シンプルで、今でもすぐに帰れる風景だったりするけど、その当時のままを感じることは不思議とできない。ため息のように「懐かしいな」とつぶやくだけだ。
wikipediaに載っているサイダーの画像がカッコよかった。

日本のサイダーの発祥の地は横浜で、1868年、外国人居留地でイギリス人ノースレーが製造販売を開始したのが、日本で最初のサイダーだといわれる。1899年には、横浜扇町の秋本己之助が作った「金線サイダー」が、王冠をつけたサイダーとして本格的に流通し、横浜から日本中へ広まっていった。(wikipediaより抜粋)
21:

どうも、オージの妹の森紗矢佳です。
今日はとある告知です。
来る7月23日(金)に、場所は京都のlive house SOCRATES music studio SIOUXで、イベントがあります。(HPにアクセスMAPも載っています)
内容としては、ドラムとDJのコラボレーションあり、VJあり、ライブペインティングあり、などなど、とにかくお酒を飲みながら皆で楽しみましょうというイベントです。
京都造形芸術大学・大学院のOBまたは在学生が主体にはなっていますが、どなたがお越しになってもきっと楽しいイベントになると思います。告知が遅くなってしまったためもう明後日の予定なんですが、京都のお近くにお住まいで予定が空いているという方、ぜひおこしください!
ちなみに私はライブペインティングで参加する予定です。
あ、それとイベント名がおかしな英語ですが、そのへんお気になさらず笑
詳しい情報は上のチラシ画像に記載しています。
※クリックして頂けると、大きな画像で見られます。