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OG on 2010.08.01, under
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日記
01:

オウジです。もうすぐお盆ですね。お盆は、先祖の霊と対面する不思議な時間。僕にとって、もっともワクワクする時間のひとつだ。
「ゴセンゾさまが帰ってくる」
子どもの頃、お盆になるといつもそのゴセンゾという存在を不思議に思ったものだった。
京都の片田舎にある我が家では、お盆になると近所の子供らがみな、お線香を片手に通りに現れる。お寺の入り口まで、ゴセンゾの霊を迎えに行くのだ。たいていはお母さんやお父さんと一緒に出てきて「お線香の煙に乗って、ゴセンゾさまが帰ってくるのよ」なんて教えられながら。でも子供は線香を振り回したりして、そのたびに「ゴセンゾさまさまが落っこちるよ」とか言われながら。地方によって違うが、これが迎え火というやつである。
幼心にそもそも「ゴセンゾ」とは一体どういう人々なのか不思議に思ったものだった。仏壇にやってくるというのも不思議だった。仏壇というのは僕らの家より何倍も小さく、インテリアも全然ちがうものばかり。僕はてっきり、自分よりも小さい人々だと思っていた。
そして僕のゴセンゾの場合、名前が「クマゾウ」とかいったりするから、今僕らがいる世界とまったく違う世界があって、ゴセンゾというのはそこにずっといる人種のこと、そんなふうに思っていた。
「おじいちゃんももうすぐここに入るんや」と、仏壇を見て話すじいさん。「こんな狭いところに入って何が楽しいんだろう」と、僕はけっこう浅はかに考えてしまっていた。しかし、こうしたことを何年も続けるうち、仏壇の中の不思議な世界と、五感で感じる今の世界には、何らかの圧倒的な隔たりがあることに気づき始める。ここがいわゆる大人が子どもに死というものを教える時間なのだ。しかし、死への恐怖というのはあまりなく、それは僕にはとてもファンタジックな世界に映っていた。

お盆に近づくと、入道雲がひときわ大きくふくらみ、夕焼けが空を真っ赤に染める。ものすごい夕立や、熱気にさらされて、なんとなく「ただならぬことが起きようとしている」感を高めてゆく。
夏のお盆の頃というのは、日本文化の精神的な意味合いにおいて、生の世界と死の世界の境界がもっとも曖昧になる時期なのかもしれない。オバケが出る季節というのも「なまあたたかい風が吹いてきて〜」なんて言うぐらいだから、お盆にちなみ、夏を舞台にしている場合が多い。
世界的な風習を見ても、たとえばハロウィンは、日本のお盆と非常に似た文化でもあったりと、死を思う時間というのを設けていることが多い。そして、地球上で人間だけが死について考える。非常に孤独な精神を持った生き物だと思う。
そして世界中の文化を見ても、死者をぞんざいに扱う文化は聞いたことがない。死を考えるという孤独な精神を持って生まれたからこそ、人々はずっと死を恐れ、死後の世界を畏れてきた。哲学を見てもそうだが、人間の向かう思考の方向性は、以外とそれほど多くもないのだ。
あと、僕の勝手な想像なんだが、世界中の多くの信仰が雲の上に神の世界を見ている。これは人間が地球の外から来たことの現れなのではないか、とも思ったりする。遺跡のマチュピチュや六本木ヒルズじゃないが、人間はできるだけ天空に近いところに自分を位置づけたいという欲求を文化的に持っている。しかも世界的に。これも不思議なものだ。

今でも、ゴセンゾが家に来ているときというのは、なんとなく夜眠るのが怖かったのを思い出す。得体の知れない不思議な世界からの来客はやはり、不気味だった。
そして再び、線香を持ってお墓へとゴセンゾを連れ帰る。送り火である。
京都では、五山の送り火が有名だが、この行事もゴセンゾの霊をあの世に返す火だ。
夏というのは、生と死がとても近づく不思議な時間。その感覚はずっと僕に息づいている。
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OG on 2010.07.30, under
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30:

オウジです。今日は晴れたね。
仕事もこれといって滞りなく、健康状態もちょっと無茶ができるぐらい良好、これといって金銭的な不自由もなく、恋人も友達も会おうと思えばすぐに会えるし、むしろちょっとしたパーティにも呼んでもらえたりもする、とても幸せなはずなのに、でも何かまるで見えないもうひとつの胃袋が空腹でありつづけるような感覚、
それをひとは虚しさと呼んで片付けている。
そしてこういう状態に陥ったとき、僕が思うのは常に過去の人々の思考だったりする。木々に囲まれ、狩りをして腹を満たし、火以外の灯りが無かった頃、その頃の人々は虚しさを感じることはあったのだろうか?
そうして考えを巡らせてゆくと、虚しさについて、もっとも壮大な考えをめぐらせたのは仏陀に違いないと僕は思っている。彼の言行録が『ブッダの真理のことば・感興のことば (ワイド版 岩波文庫)』という書物になっていて、けっこうトイレでよく読む。
そして彼は、稀代の暇人だった。
この書物には彼の壮大な思考の営みが記されている。
それらは彼が暇をどう愛するかについて巡らせた思考が満ちている。
暇という無から、思考の産物である「ことば」の有を生み出す、
彼は思考の錬金術を地で行った唯一の人間なのだ。
彼ほど暇を愛する努力を生涯惜しまなかったひとはいなかったのではないかと思う。暇を愛するには努力が必要なのだ。なぜなら、暇を埋めるため、虚しさを埋めるために僕らは働き、人を愛し、何かを欲するからだ。
暇とは何もしないこと。何もしないためにはそもそも欲を捨てる必要がある。
性欲、食欲、睡眠欲、たまに想像欲なんかも。
それらをすべて捨てること。その絶え間ない努力が暇を愛することに繋がるのだ。
まさに「欲を捨てれば、満たされていると気づく」(仏陀)である。
どうやって捨てるか。とにかく考えて考えて考え続けるのである。考え続けているうちは、頭が飽和状態となり、欲を思う感覚が消滅に向かう。そのプロセスを「悟り」と言う。
「人に教えるように、自分も行え」(仏陀)
そうして生み出された言葉の数々は、隙がない。
付け入る隙がないものというのを「完成度が高い」という。それゆえ、彼のように暇を愛そうと多くの人が「悟ろう」とした。
彼の書では、そうした暇を愛するためのたゆまぬ努力が全編にわたって展開されている。つまり、本当に暇人になりたい暇人にはもってこいの書なのである。
「孤独に歩め、
悪を成さず、
求めるところは少なく。
林の中の象のように。」(仏陀)
虚しきこころの空白に、すっと染みこんでゆくような言葉だ。
都会の喧騒の中で感じる何かの虚しさが、
彼の暇を愛する営みの中で生まれた言葉がなぜか癒してくれる。
とても不思議で、素敵なこと。
欲を持って何かを成し得たとき、人は満ちる。
欲を捨てて何もしないとき、彼は満ちた。
とても不思議で、素敵なこと。
「他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。」(仏陀)
I love you, budda.
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OG on 2010.07.23, under
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23:

オウジでっす。
幼い頃、シーブリーズとサイダーが同じ材料からできていると思っていた。世の中にはこういうスーっとするものを作る人達がいるんだろうと思っていた。パッケージのカラーパターンも似ているような気がしていたし。
というのも、僕の父がその両方が好きで、お風呂から上がるとシーブリーズを塗って扇風機にあたり、サイダーをグイとやって納涼していたためである。よく考えれば、その頃のオヤジにしては健康的というか、子供のような納涼である。ビールをやりながらタバコ、といったタイプではなかったな。
僕も父の真似をしていたことがよくあった。そしてシーブリーズを塗って扇風機にあたると気持ちいいのである。もちろん扇風機に向かって「お゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」ってのをやっていた。
サイダーは不思議な夏の香り。
その香りは、その後の僕の世界観に大きな影響を与えていると思う。
何か近未来的なものや、エッジのきいたデザインを見ると、僕はサイダーの匂いを思い出す。視覚と嗅覚が混じっている感じなので、人間の表現として正しいのかどうか分からないが、そんな気がする。
夏の青い空と、巨大建造物のような入道雲、正午の太陽に照らされたハイコントラストな風景、揺れる木々の緑、セミのループサウンド、扇風機のマジカルボイス、サイダーの泡の弾ける音と不思議な香り、ここから生まれていったイマジネーションが、今の僕の世界を作っているのかもしれない。誰しもそういう、自分が戻りたくなる風景というのを持っているのかもしれないな。
それはすごく素朴で、シンプルで、今でもすぐに帰れる風景だったりするけど、その当時のままを感じることは不思議とできない。ため息のように「懐かしいな」とつぶやくだけだ。
wikipediaに載っているサイダーの画像がカッコよかった。

日本のサイダーの発祥の地は横浜で、1868年、外国人居留地でイギリス人ノースレーが製造販売を開始したのが、日本で最初のサイダーだといわれる。1899年には、横浜扇町の秋本己之助が作った「金線サイダー」が、王冠をつけたサイダーとして本格的に流通し、横浜から日本中へ広まっていった。(wikipediaより抜粋)
