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那珂川町馬頭広重美術館①・・・梅と鶯
2019-03-03
カテゴリ:その他
この美術館は、歌川広重の作品を中心に、歌川豊国、国貞、国芳などの著名な浮世絵師の版画・肉筆画のほか、小林清親を中心とした明治版画、 川村 清雄の作品や徳富蘇峰の書や書簡など約4500点所蔵している。
特に歌川広重の作品は、貴重な肉筆画を多数所蔵し、日本一のコレクションとも称されている。
肥料店を営み、実業家として成功した青木藤作氏のコレクションをご遺族から寄贈されたものである。
肥料店を営み、実業家として成功した青木藤作氏のコレクションをご遺族から寄贈されたものである。
その中に、久保田米僊の「鶯宿梅図」(おうしゅくばい ず)という作品が展示してあり、和歌が添えられている。
<http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/archives/exhibition/1049>
<http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/archives/exhibition/1049>
『勅なれば いともかしこし うぐいすの 宿はと問はば いかが答へむ』
(まことに畏れ多いのでこの梅の木は献上仕ります。
しかし、毎年この木を訪れる鶯が「私の宿は」と問うたのならば どう答えれば宜しいのでしょう)
村上天皇の時代、清涼殿の梅が枯れたため、代わりの梅の木を探したところ、西ノ京の家に立派な梅があったので御所に移植された。
その枝には、別れを惜しんだ娘が呼んだ和歌が結ばれていた。
天皇はその家の主が紀貫之の娘、紀内侍であったことを知り、深く感じ心残りなことをしたと思い、元の庭に植え返されたという。(大鏡・拾遺和歌集)
臨済宗の名刹「林光院」の庭園には、「鶯宿梅」という名梅が現存するそうである。
<http://www.shokoku-ji.jp/h_siryou_ume.html>
平安時代の優雅なエピソードである。
これまで"梅に鶯"と言えば、花札だったが、これからは雅な和歌も思い浮かべることとしよう。